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義務の自発性を「わたし」の中に掘る〜中野好夫『悪人礼賛』ちくま文庫、1990〜

「教員にすすめるこの一冊」『教育評論』2002.12月

「民主主義とは、各自がその意見を述べることの義務である」

この一句は身にしみる。よくもわるくも身に応える。ギムという響きだけでとっさに身構えて拒否しようとする。「…からの自由」は切実だが、「…への自由」には内心戸惑う。そういう根無し草の身に、この一句はヒリヒリするのである。

つい50年前まで、そして本質的には今も、しゃべらない、文句を言わないのが義務であり、公的には黙っていることが安全で大人の知恵なのだ。「ものいえば唇寒し秋の風」「わたしは貝になる(なりたいでなく)」。その反動、釣り合いが私的領域での際限のないおしゃべりになり、床屋政談になる。19世紀初頭の文化文政期の人々の意識や風習は連綿と続いている。

だいたい意見を述べ立てるのは、利己的、党派的な思惑があってのことで、人の言うことなど聞きはしない。テレビの深夜討論はその醜悪なパターンを学習する時間になっている。意見を述べることは利益や権力獲得につながっている。自分はご免だと思い、ときに言い募る自分を棚に上げて、口角泡を飛ばす風景を拒否する。といって、ガバナビリティを身につけるわけでもない。ガバナビリティとは、上手に支配される能力である。これは面従腹背と似て異なる。面従腹背はお上やその制度をそもそも認めないのだ。それじゃあ自分たちで制度作りをやるかといえば、それはお呼びではないのだ。

このあたりから、ホッブスやロックやルソーの自然人の考えに誘われるのであるが、それもその三者の考えの異同の検討に入る前に、その底に共通に横たわっている理性になじめないので、立ち止まってしまい、そのうち忘れることになるのだ。

有体に言えば、こういう問題に対して、心あると思う人は、忘れることはないけれど、立ち止まってうろうろしているといわざるを得ない。ジョン・ダワーの『敗北を抱きしめて』は、「日本」はない、あるのは「日本たち」だという立場に立って書かれている。その意味では日本人は日本列島人で、「わたしたち」はいつでも「十人十色」をにじませていて、普遍的一神教のもとでの「われわれ」とはちがうということになる。だから日本列島人が「われわれ」というとき、それが共通の立場を表しているとすれば、その積極的な意味は、それは狭い共同体の考えでしかなく、「われわれ」を打破し解体しなければ、大きな結束、連帯は生まれないという自己否定的志向性をもつということになるのである。

冒頭に戻る。「民主主義とは意見をいう義務である」という一句は、安野光雅が編集した中野好夫エッセイ集『悪人礼賛』の、第2章自由主義者の哄笑に収められた、「われわれの民主主義」に書かれている。この文章は敗戦の翌年の1946年10月に書かれた。民主主義とは、第一に「納得と同意による政治、あるいは物の運営の方法」であり、第二に「意見をいう義務」であり、第三に「いわゆる英雄崇拝を好まない」というのである。

中野好夫は1903年生まれ、英文学者。東大教授を53年、50歳で辞めた。無党派市民運動の草分けで、私費で沖縄資料センターを作り、67年美濃部亮吉の都知事選を強力にサポートした。10代からから20代にかけてキリスト教に入信し離れ、また近づき離れた。善人嫌いの自称偽善者で、社会主義を信じる保守主義者で皇室主義者。「金がいらぬという男は怖ろしい。名誉がいらぬという男も怖ろしい。無私、無欲、滅私奉公などという人間にいたっては、ぼくは逸早くおぞ気をふるって警戒を怠らぬようにしてきている。いいかえれば、この種の人間は何をしでかすかわからぬからである」(「悪人礼賛」)という人間観。淮陰生なるペンネームで該博な人間万華鏡を描く(『完本一月一話』岩波書店、1995など)。1985年ガン死、82歳。

中野好夫を知ることは、民主主義をめぐる「日本たち」を突きつけられることである。中野好夫著作集全11巻が筑摩書房から出されているが、コンパクトに1冊にまとまったこの1冊として、『悪人礼賛』を挙げたい。

民主主義をめぐっては、第二章に1946年から1968年まで16篇が収められている。経済白書の題名となった「もはや戦後ではない」(1956年)も入っている。戦後よく三等国とか、四等国などの自己卑下的な言い方がなされたが、北欧三国などの考えも及ばぬ平和で高い生活を築き挙げた小国を日本人は知ったはずである。大国や帝国の迷夢を覚まして、もっと冷厳で客観的な意味で小国の現実を有意義に生かしてゆかねばならないという趣旨である。

意見をいう義務について、「自由主義者の哄笑」(1951年)では、満州事変から太平洋戦争敗北までにいたるあまりにも大きすぎる代価から学んだ最大の教訓であり、近代社会の市民は「専門、非専門にかかわらず、各人の信念はもし機会があれば表明することをしなければならない。それこそが市民の最大義務の一つである」とする。民主主義は簡単に実現できる課題ではない。困難のみ目につく。しかし見こみ違いをするよりは「最初からはっきり困難の所在を見とおして出発する方が賢明である」ことを中野好夫は繰り返して念を押す。

さてこのわたしを含む、みなさんのそれぞれのわたしの課題である。日本の民主主義は天皇の署名によって、明治憲法との連続性の上に成立した。「納得と同意」によって始まっていない。この点を軽視すると、日本の民主主義はいつまでも宙ぶらりんであることを絶えず意識する必要がある。意見をいう義務を引き受けるとしたら、この点に集中すべきである。さらに根本的な課題は、義務の自発性そのものを「わたし」の中で掘ってゆかねばならないということである。

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