このサイトについてと、最首悟さん、最首塾についての解説です。

2020.12.28更新
管理人よりあいさつ

「最首塾 on the web」は、最首悟さんを囲んで1994年以来続けられてきた「最首塾」のホームページです。管理人はいつの頃からか、わたくし、丹波博紀が行うようになりました。最首塾または最首悟さんご自身に何かございましたら、saishjuku@yahoo.co.jpまでお願いいたします。若干、ご返答が遅れるかもしれませんが、週に一度はメールチェックをしております。(特に最近は最首悟さん宛のメールが多く届きます。取りつぎも行っておりますので、遠慮なくお送りください)。

また、このホームページには最首悟さんがかつて書かれた文章や論文が豊富に掲載されております。暇を見つけてはアップロードするようにしておりますので、お暇な時には是非是非お立ち寄りください。

最首悟さんについて

和光大学人間関係学科によるインタビューを勝手に転載
(リンク元は×)

自分の足で立ち、その足を鍛えるための助走期間 ― それが大学。


Q:人間関係学科では、何を教えていらっしゃいますか?

A:関係一般です。ものともの、ものと人間、自然と人間、人間と人間などの関係が気になりますね。具体的に言うと、人間の意思が入った関係づけ=「ケア」が中心課題になります。その関連で、水俣フィールドワーク、マイノリティー差別、風土、身体、生命倫理、動物でのメスの絶対優位性に取り組みます。

Q:先生の授業を受講する際に重要となるキーワードを5つあげてください。

A:「生命」、「利己」、「内発的義務」、「世話」、「福祉」

Q:和光大学にいらっしゃる前は、どのようなことをなさっていましたか?

A:27年間、東京大学教養学部生物教室の助手をしました。その後、駿台予備学校に勤め、 医者を目指す受験生に科せられる小論文科目を担当し、 “医療という世話を制度化し発展させてきた人間とは何か”という一般教育をしてきました。 また、津田塾大や恵泉女学園大に勤め、不登校の若者たちのための東京シューレ大学でも教えてきました。

Q:人間関係学科のユニークな点は何だと思いますか?

A:人間関係学という、およそ専門に特化しない一般学を看板にしていることです。ただし一般学は専門学を統合する上位の学問ですが。

Q:人間関係学科の学生の印象を教えてください。

A:容易に動かない点。ただし、あったかい。

Q:最後に、これから人間関係学科に入学されるみなさんに励ましのメッセージをお願いします。

A:大学はモラトリアム(猶予期間)と言われたことがあります。4年が終わると、 既成・規定の社会の一員になってゆくのです。しかし、今はそうではありません。 大学は自分の足で立つ、その足を鍛えるための助走期間です。 人間は「考える足(葦)である」って、誰か言いませんでしたっけ?

【プロフィール】 1936年福島県で生まれ、千葉県に育つ。最終学歴は東京大学理学部動物学科博士課程中退。 その後同大学教養学部助手を27年間勤め、恵泉女学園大学教授を経て、2002年より和光大学教授。 障害者作業所「カプカプ」運営委員。

ところで、最首塾って何?〜少し詳しい解説〜

1994年3月、最首悟さんが東大をお辞めになるにあたり、「自主最終講義」というべき企画がありました。駒場キャンパスの大教室を人が埋め尽くし、立ち見・窓越しの受講まで出る大盛況でした。

この「最終講義」の中で「学を問う」=“問学”という言葉がありました。その問いを問い続ける場として、94年10月に最首塾は生まれました。

2ヶ月に1回を原則に集まり(*2008年現在は月イチです)、最首さんからの、またその時々のゲストからの問題提起を受けて語り合い考えあっています。

立岩真也さんによる最首悟さんの本の書評

以前ゲストにおいでいただいた立岩真也さんによる、最首さんの著作の書評というか紹介(『看護教育』に掲載)が、立岩さんのホームページで公開されています。

こちらをご覧ください



   
■ これまでのテーマ一覧 ■
第1回(1994年10月) 「一般学」
第2回(1994年12月) 「障害」と「障害者」
第3回(1995年2月) 緒方正人の思想と行動
第4回(1995年4月) 大江健三郎を読む
第5回(1995年6月) 安保を巡る状況と思想
第6回(1995年10月) 義務教育
第7回(1995年12月) 戦後民主主義(1)
第8回(1996年2月) 戦後民主主義(2)
第9回(1996年4月) 戦後民主主義(3)
第10回(1996年6月) 戦後民主主義(4)
第11回(1996年10月) 最首さんと水俣・東京展を見る
第12回(1997年2月) 丸山真男を巡って(1)
第13回(1997年6月) 丸山真男を巡って(2)
第14回(1997年10月) 丸山真男を巡って(3)
第15回(1998年2月) 丸山真男の通奏低音
第16回(1998年4月) ハイブリッドの精神
第17回(1998年6月) 場について
第18回(1998年10月) 佐藤真さんを迎えて
第19回(1999年2月) <事-場>(1)
第20回(1999年4月) <事-場>(2)
第21回(1999年6月) <事-場>(3)
第22回(1999年10月) 戦後思想をふりかえる(1)
第23回(1999年12月) 戦後思想をふりかえる(2)
第24回(2000年2月) 緒方正人さんを迎えて
第25回(2000年6月) 「自己決定」を巡って(1)
第26回(2000年10月) 「自己決定」を巡って(2)
第27回(2000年12月) 「自己決定」を巡って(3)
第28回(2001年2月) 日本近代におけるハンセン病部落
第29回(2001年4月) 川本隆史さんを迎えて〜「内発的義務」を巡って〜
第30回(2001年6月) リカーシヴな私
第31回(2001年10月) 市野川容孝さんを迎えて〜「優生思想」を巡って〜
第32回(2002年2月) 小松美彦さんを迎えて〜「自己決定権」を巡って〜
第33回(2002年4月) “ケア”の源泉
第33回(2002年6月) 野辺由郎さんを迎えて
第34回(2002年10月) 立岩真也さんを迎えて
第36回(2003年2月) 今、水俣
第37回(2003年6月) 確認中です
第38回(2003年10月) 「学問のクレオール」(宮地尚子)をめぐって
第39回(2004年2月) 宮地尚子さんを迎えて〜宮地さんとライフヒストリー
第40回(2004年4月) 関西訴訟の今
第41回(2004年6月) 能『不知火』を奉納する水俣
第42回(2004年11月) 能『不知火』水俣公演と関西訴訟最高裁判決
第43回(2005年2月) 確認中
第44回(2005年4月) 確認中
第45回(2005年6月) 確認中
第46回(2005年10月) 『ケアの社会倫理学』合評会
第47回(2006年2月) 『ケアの社会倫理学』合評会 in 東京大学本郷キャンパス
第48回(2006年3月) サニャ・トリプコヴィッチさんを迎えて〜日本語で生きること、日本で生きること
第49回(2006年4月) 和光大学水俣展に向けて
第50回(2006年6月) 日本化学史学会(年会)in和光大学にて、原田正純さんの講演「胎児性水俣病の教訓」を聴く
第51回(2006年10月) 水俣を掘る―水俣・和光大学展を終えて―
第53回(2007年2月) 和光大学の4年 ―ゾーン(移行帯)に生きる
第54回(2007年3月) 最首さんの和光大学自主最終講義
第55回(2007年4月) 内から外へ外から内へ、無限循環の往還としてのゾーン
第56回(2007年5月) 右往左往する中間点について
第57回(2007年6月) 公開自主講座「宇井純を学ぶ」(東京大学本郷キャンパス安田講堂)に参加して、その後飲む会
第58回(2007年9月) 「えどがわ・水俣まつり」(船堀)にみんなで参加する
第59回(2007年10月) 第三者について
第60回(2007年11月) 果てしなく行く―空間
第61回(2008年1月) ひろがる「水俣」の思い
第62回(2008年2月) 最首さんと水俣・和光大学展ビデオを観る
第63回(2008年3月) 『ひろがる「水俣」の思い』を切り口に川本隆史さん、前田保さん他のお話および議論
第64回(2008年5月) 「寺家ふるさと村」散歩
第65回(2008年6月) いのち論の現況――秩序系は秩序系から。ドーキンスの「神は妄想である」から逆説的にほのみえるもの
第66回(2008年7月) 関係論(1) 関係網様態――『関係の絶対性』について
第67回(2008年9月) 関係論(2) まず関係ありき
第68回(2008年10月) 民主主義国家の実状は不断の弱い者いじめ――ローレンス『黙示録』
第69回(2008年11月) ケアポテンシャル―つなぎつながれる力
第70回(2009年1月) 切断を要する認識は部分的である
第71回(2009年2月) 曖昧―あいまい―合間-居
第72回(2009年3月) 金子淳人さんを迎えて〜現象学をめぐって〜
第73回(2009年4月) 中野浩さんを迎えて〜水俣病事件の中の科学と科学者 vers.@最首塾―最首悟の科学的方法論に迫る―〜
第74回(2009年5月) 最首悟さんと一緒に「天の魚」東大駒場公演を観る
第75回(2009年6月) 「天の魚」東大駒場公演を終えて
最首悟さん他のお話
第76回(2009年7月) 「蟹工船」(山村聡脚本・監督、1953)から現在へ
第77回(2009年9月) 〈いのち〉論―動き・変化があるんだもん
第78回(2009年10月) 石牟礼道子を見る
第79回(2009年11月) 乙骨淑子について
第80回(2010年01月) 「天の魚」について
第81回(2010年02月) 痞という病いからの
第82回(2010年03月) 内の秘匿性について
第83回(2010年04月) 今村純子さんを迎えて〜詩をもつこと――シモーヌ・ヴェイユの思索をめぐって〜
第84回(2010年05月) 生れて来て・しまった
第85回(2010年06月) 7歳までは
第86回(2010年07月) ヰタ・セクスアリス
第87回(2010年09月) 灰にすべし
第88回(2010年10月) はたらく
第89回(2010年12月) いのちとはなにか――取り仕切れぬいのち(2010年11月中止のため、忘年会と共に開催)
第90回(2011年1月) 息にわがする
第91回(2011年2月) 大類義さんのカナダ先住民の水俣病についての映画上映会
第92回(2011年4月) 最首塾番外編「最首悟×星埜守之フリートーク」(於宮本成美・水俣写真展)
第93回(2011年4月) 生きている
第94回(2011年5月) 前田保さんを迎えて〜コレポン/最首悟と滝沢克己…野生の思考を求めて〜
第95回(2011年6月) おしたようこさんをお迎えして〜「痞」という病からの〜
第96回(2011年7月) 現地・当事者―触れるという実感+奥村さん東松島報告
第97回(2011年9月) シンポジウム「学問にとって未来とは何か」に参加し、共に考える
第98回(2011年10月) いき−ものというモノ
第99回(2011年11月) 天の魚@池上実相寺公演への参加
第100回(2011年12月) 最首塾100回大大大祝賀会!!!!!!!!
第101回(2012年1月) サン・ヴィクトールのフーゴの学問論をめぐって(スピーカー:丹波博紀)
第102回(2012年2月) 教義宗教一歩前
第103回(2012年3月) 〈民衆思想〉の〈方法〉について(スピーカー:丹波博紀)
第104回(2012年4月) 望月浩さんを迎えて〜三つの“読書”体験について――初期マルクス;ドストエフスキー;福音書・創世記−−
第105回(2012年5月) 関係の絶対性と大衆の原像
第106回(2012年6月) ワークショップ「科学技術文明史と倫理」顔合わせ(現代倫理学研究会とジョイント)
第107回(2012年7月) 分有――私を私として切り出す
第108回(2012年9月) 飯泉佑介さんを迎えて〜学問と未来―ヘーゲル哲学から
第109回(2012年10月) 否定の結果
第110回(2012年11月) 内なる神・場所の精神・家稷
第111回(2013年1月) 止めることができないということ
第112回(2013年2月) 川俣修壽さんを迎えて〜原田正純さんと有機水銀胎盤通過説−学説の概観から見えてくるもの
第113回(2013年3月) 水俣病と有機水銀中毒症
第114回(2013年4月) 司法を超えるもの
第115回(2013年5月) 吉田和彦さんを迎えて〜水俣病と「チッソ・昭和電工・行政」
第116回(2013年6月) 水俣病の補償行為
第117回(2013年7月) 一般学について――星子の、星子のための学問
第118回(2013年9月) 最首悟さんの喜寿を祝う会(少しお話し付)
第119回(2013年10月) 〔続〕いのちはいのち―からの出発
第120回(2013年11月) 角井敦子さんを迎えて〜くらしのなかで憲法を考える〜
第121回(2013年11月・番外編) 吉田和彦さんを迎えて〜水俣化学工業所の記録と伝説――埋立地の水銀処理に関する一考察
第122回(2014年1月) 前田保さんを迎えて〜「見る」と「飛ぶ」のイリュージョン…「一般概念と個物」問題を下敷きにした幻滅論法の試み
第123回(2014年2月) 間における重ね合わせとにじみ
第124回(2014年3月) 米沢薫さんを迎えて〜国が消滅して後に残るものードイツ統一後の「東独」
第125回(2014年4月) 動いて止まず
第126回(2014年5月) 動きをとらえる
第127回(2014年6月) 価値フリーについて
第128回(2014年7月) 武田利邦さんをお迎えして〜医療の限界と、学校の限界――I.イリイチをてがかりに
第129回(2014年9月) 中野浩さんをお迎えして〜東京水産大学とコレラ・ビキニ・水俣病事件―医学に育まれた水産学の形成と展開と・・・
第130回(2014年10月) 言葉の発信は恣意か
第131回(2014年11月) 最首塾番外編@高円寺
第132回(2014年11月) 起源の溶暗
第133回(2015年01月) 自発義務――ボエシ「自発的隷従論」にあたりながら
第134回(2015年02月) ザ・スクープ「全共闘23年目の真実」(1992)を観る
第135回(2015年03月) 佐藤靜「内発的義務論における経験の直接性と〈場〉」をめぐって
第136回(2015年04月) リーダーなき組織
第137回(2015年05月) 内藤酬さんをお招きして〜西田哲学と滝沢神学――滝沢克己と全共闘――
第138回(2015年06月) 意味がない ではやっていけない
第139回(2015年07月) 上原こずえさんをお招きして〜1970-80年代の沖縄・金武湾闘争〜
第140回(2015年09月) 台湾・中国・日本――劉彩品さん・木村博さんを囲んで
第141回(2015年10月) 公平(impartial evenhanded)と全体をめぐって
第142回(2015年11月) はざまとしての全体
第143回(2016年1月) 佐々木弘通さんをお招きして〜「日本の立憲主義と憲法9条」補論――憲法論と「いのち」論の対話〜
第144回(2016年2月) 人間の立ち位置―ピコ・ミランドラ
第145回(2016年3月) 丹波博紀@世話人の話〜参加せずと参加することの閾(いき)――石牟礼道子文学を手がかりにして〜
第146回(2016年4月) 浅井基文さんをお迎えして〜集団的自衛権と「中国・北朝鮮脅威論」〜
第147回(2016年5月) 中心は三つ、三脚巴
第148回(2016年6月) 渡辺美里さんをお迎えして〜縁側の“非”当事者を考える ーあいまいな空間にいすわりつづけて〜
第149回(2016年7月) 白木喜一郎さん×最首悟さん×丹波のオムニバス〜〈水俣病〉に関わるということ〜
第150回(2016年9月) 150回記念:最首悟さんのお話「世界は大海ではない」&最首悟さん傘寿お祝い
第151回(2016年10月) 円環―あるまとまり―の解釈  国家というまとまり未満で考え・生きる
第152回(2016年11月) 自立と依存
第153回(2017年1月) 「稲垣聖子さんを偲ぶ会」にみなで参加
第154回(2017年2月) 居る―どこに、いつ
第155回(2017年3月) 居る―自他未分程度
第156回(2017年4月) 居る−居続ける
第157回(2017年5月) 二者性における双方向性、反射性 「さようならCP」論
第158回(2017年6月) あなたがしゃべる わたしのなかのあなたがしゃべる どっちがほんとうに近いか――続・さようならCP論
第159回(2017年7月) 場における二者性―重ね書きと意外性
第160回(2017年9月) こだま態 共動態 間動態
第161回(2017年11月) 曖昧さを曖昧さとしての二者性
第162回(2018年01月) 境界が曖昧で厳密な区分のない関係
第163回(2018年02月) 石牟礼道子を語る
第164回(2018年03月) 最首さんと墨田川の桜を楽しむ
第165回(2018年04月) 野中浩一さんをお迎えして「二者性と大学教育〜ある傍感教員が見たノンエリート大学の可能性〜」
第166回(2018年06月) いのちと共同主観性
第167回(2018年07月) 新・明日もまた今日のごとく
第168回(2018年09月) わからなく生きる
第169回(2018年10月) 極限状況で歓呼すう共同性(いのち)
第170回(2018年11月) 曖昧について−じょうぶな頭
第171回(2019年01月) いのちはいのち 和光大生命倫理講義19/1/8から
第172回(2019年02月) 縁と関係 情況と状況
第173回(2019年03月) 実存は本質に先立つかという問い
第174回(2019年04月) 瀧沢克己をめぐって――支えのない支え
第175回(2019年05月) 二者性と弱さについて
第176回(2019年06月) 田嶋いづみさんをお迎えして「おソージおばさんが哲学おじさんに会いに行ったわけ 伝えるネットの活動から市民活動・まちづくりへ」
第177回(2019年07月) 自己決定権は幻想であり罠であるか
第178回(2019年09月) 死の義務
第179回(2019年10月) 三歳児の自他分離について
第180回(2019年11月) 自己決定とその権利――小松美彦氏を招いて
第181回(2020年1月) 『こんなときだから希望は胸に高鳴ってくる』をめぐって
第182回(2020年2月) 腸中枢について
第183回Online開催(2020年7月) 最首塾Online、はじめました
https://youtu.be/FDojXlRYbZI
※新型コロナウィルスの感染に収束がみえないことをふまえ、定例会が2月を最後に開店休業状態になってしまっています。そこで原則月に1度、最首さんへのインタビューをおこない、Youtubeにアップしていくことにしました。
第184回Online開催(2020年8月) 「あなたのあなたとしてのわたし」をめぐって
https://youtu.be/HKvw8dJPWwU(その 
https://youtu.be/du493ZGQ4Uc(その◆
第185回(2020年9月) 二者性――あらためて球面主義について
第186回Online開催(2020年9月) 「球面主義」と「共に生きる」について
https://youtu.be/uLtEMD4eSfc
第187回(2020年10月) 君あり、故に我あり
第189回Online開催(2020年10月) 君あり、故に我ありについて
https://youtu.be/8txAYZ5zvyk
第190回(2020年11月) ミンネのかけら
第191回Online開催(2020年11月) ミンネのかけら――ヴェイユとヤンソン
https://youtu.be/djtC2oF5mmM
第192回(2020年12月) そばにいることから
第193回Online開催(2020年12月) そばにいることから
https://youtu.be/0VuryWVSrBY

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