石橋涼子 「当事者」と「非当事者」のあいだ/あるいは、支えることと支えられること――「おかえりモネ」が描いたもの――

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執筆者:石橋涼子さん
寄稿日:2022年2月16日
形式:テキストデータ


「あなたの痛みは、僕にはわからない。でも、わかりたいと思っています」(菅波光太朗)

最首さんの言う「二者性」が何なのか、あるいはどこに向かっているのか、はいまだによく理解できていない。おそらくその周辺にあるだろうようなことをことを、私自身の問題意識にひきつけて表現すれば、「人間は互いに支え合わなければ生存することができない」ということに尽きるように思う。

幼い子どもやお年寄り、あるいは困っている人の世話をする、という行為を、多くの人があたかも「自然」であるかのように行う、それは人類史の初期からあったと考えられている。その心性が、「ケア」と呼ばれるものの源泉でもあるのだろう。一方、現代社会において、どんなに独立自立して社会で活躍しているように見える人でも、生きるためには必ず、栄養を摂ること、身体や衣服・環境の衛生を保つこと、病気や怪我の手当をすること、などのケアを必要としている。それが家庭内のシャドウワークであるか、主に貨幣を媒介とした社会的なサービスであるか、の違いはあるにしても(健康な独身成人で身辺のことは全て自分で行っている、という人であっても、外食産業やコンビニ、集合住宅の管理やゴミ収集と行った公的あるいは民間のサービスを必要としない人はいない)。

しかしまた、病気や障害、事件や事故、災害、といった事象は、しばしば、「支える人」と「支えられる人」「ケアする人」と「ケアされる人」という二とおりの立場をつくり出す。そのことをめぐって、特に「支える」役割の人、について、ずっと考えてきた。

ここでとりあげる「おかえりモネ」は、2021年5月から10月まで放送された、NHK朝の連続テレビ小説(いわゆる朝ドラ)である。宮城県・気仙沼湾に浮かぶ「亀島」(実在の気仙沼大島がモデル)に生まれ育った永浦百音(愛称モネ)が18歳で島の実家を出る2014年から、2022年夏という近未来までの物語だ。この作品は、「若い女性の成長物語」という朝ドラの典型的なかたちを踏まえつつ、10年前の東日本大震災と現在進行形のコロナ禍とを結び、災害と復興、当事者と非当事者(支援者を含む)、傷ついた人のケア、トラウマと回復、といったテーマを(朝ドラらしいオブラートに包みながら)描いていた。

年齢からわかるとおり、百音は2011年、中学卒業間際に東日本大震災に遭遇している。しかし、3月11日は、音楽を志望して受験した仙台の高校の合格発表の日であり、そのために父とともに仙台にいた彼女は、故郷を襲った津波を見ていない。この「見ていない」という事実、「その場にいなかったために何もできなかった」という事実が、彼女と妹、同級生たち、そして故郷の島との間に、微妙な隔たりをつくっている。

そんな百音と対象的なのが、同級生の及川亮だ。「天才的な漁師」であった亮の父新次(百音の父耕治の幼馴染)は、津波によって船と家とを失い、最愛の妻はいまだに行方不明、仮設住宅で酒に溺れている。父にあこがれて自らも漁師になった亮は、そんな父を必死に支えているが、彼を気遣うモネたち友人に見せるのは、諦めたような微笑みだけである。その微笑みによって、彼もまた周囲に対して微妙な隔たりをつくっている。

及川父子は、津波被害をまともにくらった当事者だ。百音の家と家族は無事で、祖父の営むカキ養殖の施設は被害をうけたものの経営をたてなおしつつある。父は銀行員で、(仕事の内容そのものは津波被害の影響を受けていたことが終盤に語られるが)大過なく仕事を続けている。同じ島に住み同じ津波に遭遇しても、その「当事者性」は少しずつ異なっている。

だからといって、及川父子の当事者性のほうが重い、亮の傷のほうがモネの傷よりも深い、というふうには、ここでは描かれない。ただ、そこには違いがあり、同じ経験をした当事者だからといって簡単にはつながれない、わかりあえない、という事実が描かれるだけだ。

百音と亮の同級生たちにしてもそうだ。寺の跡取り息子・三生は、津波の後に寺に運ばれてきた遺体に対面した経験から、僧侶になること自体を躊躇している。軽い恋愛脳のように見えた明日美も、ほとんど感情を顕にすることのない悠人も、仙台や東京の人たちが時として腫れ物に触るように接してくることに傷ついている。そして、それらのことは、被災直後から互いに知っていたのではなく、徐々に徐々に語られ共有されていくのだ。

百音の家族たち、水産試験場に就職しカキ養殖の未来を拓くことに情熱を傾けているように見えた妹・未知も、盤石の太陽のように見えた母・亜哉子も、震災の影響から遠くそれ故に「支援する側」にいるかのように見えた父・耕治でさえも、それぞれの「できなかった」悔いを傷として抱えてきていたことは、終盤(物語の中では2019〜20年)になってようやく語られる。「近しい人であるほど話しにくい」というのも、たいへんリアリティのある話である。

同時に、こうした関係は固定してはおらず揺れ動く。仕事に関して耕治が差し伸べた手を振り払った新次が、アルコール依存の治療に亜哉子が付き添うのを受けいれたように。「よきヤングケアラー」を演じてきた亮が、ある時船を脱走して「もういいだろ」と言うように。常に動きながら、変容していくのだ。

それぞれがそれぞれの傷を抱えながら、時に支え合い時に傷つけ合う島の人間関係から、いったん百音ははじき出される。彼女は「そこにいなかった、なにもできなかった」ことを突きつけられ続けることに耐えられず、「とにかく島を離れたかった」のだ。

そんな彼女が最初に就職して暮らすことになる登米は、言ってみれば一時的なとまり木、あるいは避難場所だ。ここで百音は、その先を決定づけることになる人たちと出会う。祖父の古くからの知人である登米の「山守」新田サヤカ、客人として訪れた東京のベテラン気象予報士朝倉、そして登米の診療所の若い非常勤医師菅沼である。新田は海育ちの百音に山の自然を教え、また「この地に根をおろして生きる」というロールモデルとなる。朝倉は、気象の仕事という具体的な道筋を示し、その後も職業上の導き手となる。菅沼は、迷いの多い百音に対して時に辛口の言葉を発しながらも、気象予報士試験の勉強を教え、その後も折々にその傍らにいて、やがて伴侶となる。

3年後気象予報士となり上京した百音の周囲では、気象予報やテレビ局で働く人々などにまつわるエピソードが複数描かれるが、ここでの論点にとって重要なのは、百音の寄宿先となるシェアハウス汐見湯の主、井上菜津と、謎の先住人宇田川(最後まで画面には登場しない)である。

宇田川は菜津の古い友人であるが、就職先の人間関係に深く傷ついて退職、長くひきこもっていて住人たちの前にも姿を現さない。今でもなにかのきっかけでパニック状態になるので、投薬も受けているようだ。菜津は、彼がパニックを起こしたときには世話をするし、食事も運ぶが、それ以上のことはしない。励ましたり、何かを求めるでもなく、宇田川の傍らにただ「居る」のである。

そんな菜津がただ一度怒りを表すのが、百音の同僚神野(キャリアに対して貪欲でアグレッシヴな女性として描かれている)が仕事上の壁にぶつかり「傷ついた経験のある人は強い」と漏らした時である。「そんなこと言っちゃだめ」と菜津は強く否定する。「傷つく必要なんかない」。たとえ、傷ついて再度立ち上がった経験が人を「強くする」場合ががあるとしても、そんな経験をしないですむのなら、そのほうがいいに決まっている。そんな、考えてみればあたりまえのことが、深く傷ついて未だその傷が癒えていない宇田川のそばにいる彼女の言葉だからこそ、説得力を持つ。

菜津と、医師である菅沼には、ひとつの共通点がある。近づきすぎない、当事者との距離感だ。菜津は宇田川と向き合う日々の中から、菅沼はかつて患者の希望に寄り添いすぎて判断を誤った経験から、そういう態度を学びとってきた。相手に対して安易に介入しないこと、踏み込んだり同一化しないこと、常に側に、しかし外部にいて、必要とされる時に必要な援助をすること。自分はその人の外部なのだという事実を忘れないこと。それは冒頭に引用した菅沼の台詞に端的に現れている、「わからない」という定位と、「わかりたい」という方向性を持った意志だ。そういう節度を、かつて百音は「先生は正しいけれど、冷たい」と評したのだが、成長してその意味を理解した彼女は今度は妹から「おねえちゃんは正しいけど冷たい」と言われてしまうことになる。しかしそれこそが、当事者と非当事者(援助者、支援者、等々)の間に必要な距離であり相互関係なのではないだろうか。

そこには、「(今は)何もできない」ということも含まれている。百音がそうであったように「できない」という思いは人を苛むが、しかしそれを抱えながらそこに居続けることで初めて、支える、支え合う関係が育ち始める。この後気仙沼に戻った百音は「何かしたい」と突っ走っては失敗することを繰り返すのだが、腰を据えて「できない」に耐え、小さな「できること」を探していくことで、少しずつ自分の居場所をつくっていく。

物語終盤のクライマックスは、亮の遭難と、それをこえた後の船出である。2020年1月、三陸沖は大しけとなり、亮の乗る船はマグロを追って沖に出ていたために戻れなくなる。百音は東京の気象予報士仲間たちと情報を共有・検討して「6時間そこにとどまる」ことを勧め、漁協にかけつけた新次もまた、同じ見解を伝える(なおこの場面の前に、新次が天気図を描いている場面が挿入される。「天才的な漁師」の「天才」が、単に勘であったり、経験知であるだけではなく、緻密なデータ収集と分析によるものでもあることが示されていて興味深い)。これが功を奏して亮たちの船は無事に戻るが、そもそも亮が親方にマグロ漁を願ったのは、船を買う資金のため。「親父が欲しがっていたのと同じ船」を購入し「親父に乗ってほしい」それが彼の望みだった。「もとに戻ること」に、亮はずっとこだわっていたのだ。

新次は、亮が無事戻るまで車の中で妻・美波の遺した携帯を握りしめながら「亮まで連れて行かないでくれ」と祈る。これまで、「美波を俺が殺すのか」と死亡届を出すことを拒否し続けてきた彼が、この時、妻はもう彼岸にいるのだと得心した、いや、もうとっくに自分がそれを知っていたことを受け容れたのだと思われる。その後新次は妻の死亡届を出すことを決心し、届け出に伴って入る金を、亮の船の資金に充てるよう話し、「親父に乗ってほしい」と望む亮に対して言う。「これはお前の船だ」「俺は美波がいたから船に乗っていたんだ」と。これ以前に既に新次は知人のイチゴ栽培を手伝っていて、「ものを育てるっていいもんですね」と亜哉子に語っている。新次も亮も、失った昔に戻るのではなく、それぞれの道に踏み出すことによって、ようやく「前を向く」のである。

「復興」とは、「回復」とは、おそらく、「もとに戻る」ことではなく、「ここから新たな道に踏み出す」ことなのだ。そのことを及川父子の物語は象徴的に表している。もとより時間を巻き戻すことが不可能である以上、「もとに戻る」ことは物理的に不可能である。しかし人はえてして過去を見、過去にしがみついてしまう。そこから解き放たれて「前を向く」ことができるために、必要な支えとなるものは何だろうか。耕治が新次に「カネの話」をし、亜哉子がアルコール依存の治療に度々つきあい、縋る亮の手を百音が「それは違う」と突き放したように、パニックを起こす宇田川に菜津が部屋の外から辛抱強く語りかけていたように、当事者の巻き込まれた嵐に巻き込まれず、しかしそばに居続ける人の存在なのではないだろうか。

そうして迎えた亮の船の進水式。通常であればここででハッピーエンドになるところだが、この時菅沼は「感染症対応の応援のため」=新型コロナウイルス感染症診療のため東京に呼ばれ、戻れなくなってしまう。次のシーンは2022年夏、「2年半会えなかった」菅沼がようやく島にやってくることができ、物語は終わる。

残念ながら、現実は、この夏に「(ドラマ内の二人のように)マスクを外してハグを交わす」ことができる日常が戻ってくることを期待できる状況ではなさそうだ。このパンデミックの中では、誰もが当事者であり、しかしその当事者性は人により立場によって異なる。そして多くの人が、当事者でありながら同時に援助者・支援者でもある。当事者として抱えざるをえないものは重く、みんなが不安と傷を抱えている。それ故に人は、問題の存在自体を否定したり軽視したり、感染者を責めたり、陰謀論を弄んだり、様々な反応を示しもする。

直面する困難の中で、分断や亀裂に呑み込まれなず支え合うために、どうすればよいのか。ランダムに変異を繰り返すウイルスという自然の前で、人間は脆弱な存在であり、できることは多くはない。「いつ感染するか重症化するかわからない」不安とこの状況に対して「何もできない」歯がゆさに耐えながら、わずかな「できること」を繋いでいくこと。不安の嵐にともに巻き込まれるヒロイズムではなく、互いに脆弱であることを受けいれ認めあって、「ただ側にいて、必要とされる時に必要な援助をする」という姿勢が、ここでも大切なのではないだろうか。そしてこのパンデミックの先に、「コロナ以前の世界に戻る」ことよりもむしろ、「あなたと私の、私と社会の、新たな関係のありかた」を見ていきたいと願う。

おかえりモネ/作:安達奈緒子 音楽:高木正勝 演出:一木正恵 梶原登城 桑野智宏 主演:清原果耶 NHK・2021

参考 おかえりモネ公式ウエブサイト
https://www.nhk.or.jp/okaerimone/index.html
(2022年1月末に閉鎖)