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三宅勝久『自衛隊という密室』(高文研2009)推薦文

最首悟

「平和を仕事にする」を自衛官募集のキャッチコピーとする自衛隊の実像を私たちはほとんど知ることはできないが、本書は、5年ほど前から自衛隊を取材してきたジャーナリストの三宅勝久の自衛隊の内部に迫る3冊目の本である。

第1部「暴力の闇」は暴力やいじめを受けた本人に取材した生々しい記録である。男性班長から虐待され、声を出すこともできなくなって母親に家に連れ戻され、自殺を図った女性隊員。男性班長に懲戒処分を申し立てたが処分はなかった。先輩の暴行を受けて左目を失明した事件では、地元の記者クラブに配られた報道発表文に失明の事実や加害者が刑事事件で有罪になったことは書かれていなかった。2008年9月の「異動のはなむけ」に15人を相手に格闘訓練をさせられて亡くなった隊員について取材した際、著者に「死は鴻毛よりも軽し」という言葉が浮かんでくる。

2007年度1年間に海上幕僚長の行った20回の訓示には、「帝国海軍」「海軍兵学校」などという旧海軍を評価する発言は15回を超えるそうである。自衛隊には「帝国海軍」が脈々と生きているのである。

ルース・ベネデイクトは『菊と刀』において、日本再建にあたって諸学校や軍隊における虐待、いじめを禁止することが肝要と指摘した。いじめの報復は弱い者に向けられる。他民族を殺すにいたるには、他民族への蔑視といじめによって心身とも痛めつけられることがほとんど必須の要件である。自衛隊員の自殺率は06年度38.6人(対10万人)、一般職国家公務員(17.1人)の2倍以上で、94年から08年までの15年間に1162人が自殺したと、著者は指摘している。戦争への準備という観点から見ると、この数字はおそろしい。

第2部「腐敗と愛国」では防衛医科大学とヤマト樹脂光学の癒着、野外炊具汚職事件をていねいに追跡している。守屋事件の山田洋行と防衛省との年間契約高は約40億円、それに対して三菱重工は2700億円である。防衛利権の闇は深い。

つづいて、2007年7月の参議院選挙で初当選した、「ヒゲの隊長」こと元陸自1佐・佐藤正久氏と防衛省の官製選挙疑惑を告発している。自衛隊法で政治活動は制限されているにも関わらず、制服組トップを含む高級幹部自衛官7名が政治献金をしていたのである。自衛隊を辞めて立候補予定者となった佐藤氏は、退職後、公示までの約半年間に自衛隊施設を使って65回もの講話を行った。佐藤氏の著書『イラク自衛隊「戦闘記」』は防衛省全体で4480冊を買い上げた。田母神俊雄元航空幕僚長の驚くべき無駄遣いも俎上に載せているが、その東北訛りの単純素朴な人柄についても著者は言及する。公の肩書での講話を私見と称し言論の自由を云々する。加藤周一は『雑種文化―日本の小さな希望』で、日本主義者たちの論理矛盾をついているが、論理矛盾は人のよさでカバーされるのである。いまでも田母神俊雄の講演は根強い人気がある。聞く人たちもきっと善なる人たちである。そういう人たちにこの本を届けなければいけない。

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