ひとり芝居「天の魚」ストーリー

1964年初秋の熊本県水俣市。"あねさん"こと石牟礼道子は百間 港に近い水俣市江添の丘の上に、江津野杢太郎少年とその一家をた ずねる。

百間港は、ながく馬刀潟とよばれてきた貝の宝庫で、江戸 の初期から美味をもってきこえた「水俣塩」の発祥地となった入江 であった。しかし、それからほぼ300年あとの水俣病の爆心地と なったところである。

江津野家は、その百間港の片隅を舟溜まりと する一本釣りの専業漁家である。一家の大黒柱で、見るからに老い 先みじかい江津野老を中心に、その妻、そのひとり息子の清人、そ して彼の三人の息子で暮らしている。清人はそれとわかる水俣病で、 彼のあいだの子でその時9歳の杢太郎少年も胎児性の患者であった。

水俣病は発生当初から奇病や伝染病として恐れられ、その後もなが く「貧乏漁師のなる病気」として、忌避されつづけてきた。だから、 めったに来ない客人を得て江津野老はとても機嫌がよい。

“あねさ ん”は老人に江津野家の家宝である「九竜権現さま」を拝ませてほ しいとねだる。この家宝は江津野老が天草から水俣に流れてくる時、 親から譲り受けた運気の神さまであった。

上機嫌な江津野老はこの 家宝に加え、神棚の神さまたちを次から次へと“あねさん”に紹介 すると、焼酎をちびちびと始め、酔いどれ気分で海と空とのあいだ にあった自らの半生を語り出す。そして、それを杢太郎少年の野ぶ どうの粒のような黒いぽっちりした眸が見つめているのだった……。



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