活動報告・その他

2002.2.23更新

  

2002年10月の最首塾

10月は19日(土)、セシオン杉並が使えなかったため近くの「高円寺中央会議室」(区役所の出張所だったところの会議室のみ生きている)で行いました。ゲストは立岩真也さん(立命館大学)。

「自由」あるいは「人と人との関係」ということについて、少し発想を変えることができるのではないか、ということ、どうしてそのように考えるのか、ということ、をめぐって、様々な角度からお話しいただきました。

狭い和室でよく言えばアットホーム、悪く言えばぎゅうづめ状態でしたが、最首さんとのやりとり、会場発言も交えて活発なものになりました。

お忙しい中遠方からおいでいただきました立岩さんに、あらためて御礼申し上げます。

2002年6月の最首塾

6月の最首塾は、15日(土)、セシオン杉並にて、ゲストに野辺由郎さん(先天性四肢障害児親の会)をお迎えして行いました。

近代の思想史をふりかえりつつ、また障害をもつ子の親という立場もからめながら、「自己決定」ということについて考える内容でした。

お話しくださった野辺さんに、あらためて御礼申し上げます。

  

2002年4月の最首塾

4月は20日(土)、セシオン杉並にて行いました。2001年度のゲストの方々の問題提起を受けるかたちで、最首さんからの提起がありました。

「“ケア”の源泉」というテーマで、人間存在のもつ<限界><痛み>への意識から<ケア>が生じてくるのではないか、ということとしてまとめられるのではないかと思います。

さらにこのテーマは続きます。

2002年2月の最首塾

2002年2月の最首塾は、2月16日(土)、セシオン杉並にて、ゲストに小松美彦さん(東京水産大学)をお迎えして行いました。

「脳死」や「安楽死」の具体的な問題をひきつつ、「死の思想」への批判、そして最首さんの権利-義務論への批判的問題提起も含めたお話でした。

会場からの質問も多く、最後は時間切れの感じもありましたが、最首さんからは、4月にあらためて、問題提起を受けてのお話がある予定です。

お越しいただいた小松さんに、あらためて御礼申し上げます。

  

2001年10月の最首塾

10月の最首塾は13日(土)、ゲストに市野川容孝さん(東京大学)をお迎えして、早稲田奉仕園にて行いました。

「優生思想」の歴史、それが必ずしも戦争やファシズムに特異的なのではなく、特に日本では戦後になってから実効性を持ったことなど、資料を使ってお話しいただきました。

最首さんからは、今や時の人であるペシャワール会の中村哲さんのお話(年に一度駿台予備校でお招きしている)などをひきながら、"disabled"とは何か、「共に生きる」とは何かを巡っての問題提起がありました。

会場からの発言も含め、活発な議論になりました。

お越しいただいた市野川さんに、あらためて御礼申し上げます

カップ

2001年6月の最首塾

6月の最首塾は16日(土)、高円寺社会教育会館で行いました。

今回は最首さんの問題提起で「リカーシヴな私」「『私が私であること』の循環」を巡ってのお話でした。

資料をご参照下さい。記録は後日掲載します。

  

2001年4月の最首塾

4月の最首塾は21日(土)、川本隆史さん(東北大学)をゲストにお迎えして、高円寺社会教育会館で行いました。

川本さんのお話は、日本哲学会のシンポジウムに向けてお書きになった文章(「哲學」2001年4月号所収)をもとにしたもので、主にアメリカの何人かの論者をひきつつ、最首さんの「内発的義務」や、鶴見俊輔さんの「水陸両棲の技術」(具体的事物と抽象原理の間を「行きつ戻りつ」するという方法)、介護を巡る三好春樹さんの論考に触れたものでした。

その後、最首さんとの対談、会場とのやりとりにうつり、閉会ぎりぎりまで活発な議論の場となりました。

まとめるのはなかなか難しいのですが、主に、人間の生き方・行動を律するものは何か、どのような構造をもっているのか、を巡る話だったと言えると思います。まだ入り口の議論であり、また機会を設けてさらに深めていきたいと思います。

お忙しい中、お越しいただいた川本さんに、篤く御礼申し上げます。

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