返信49:問学について(最首悟、2022/7/13)

序列をこえた社会に向けて

問学とは聞きなれないと思われるでしょう。私が勝手に使っている言葉なのです。問学とは問うことが主の思考、といえばいいかなあと思っています。学問をただひっくりかえしただけと言えば当たるとも遠からずです。上下をひっくり返すが連想されますが、上を下にするというと、形而上学を形而下学にするみたいです。形而上とは形を超えるという意味で精神とか心がまず思い浮かびます。それに対して形而下とは形があるもの、身体を指します。〈こと〉に対して〈もの〉です。

学問にも問いが入っていますが、ただ、問うことはあくまでもスタートで、なにか新しいことを示すのがゴールで、成果とか業績と言い、私たちの生活や思いに何か、というか、まわりまわって、影響や変化をもたらすことになります。私たちの生活に直接影響するのが形而下学の科学です。物という字が入っているの物理学で、化学には変化の化が入っています。生物学はずばり生物に関する学問です。

学問と書くとき、学門とまちがえることがあります。無理もないことで、学問にはそれぞれの派(シューレ)があり、志す者はその門をたたき、門下生にしてもらわなければいけません。現在では、学問を志す登竜門である修士課程に入ると、指導教授が決まります。この時点で大方シューレが決まるわけです。自然科学系ではシューレというよりは分野を選ぶのですが、人文社会系では分野とシューレが分けがたい面もあります。

いずれにしても教授の権威は絶大で、二人きりで面と向かうと、緊張で体が震えてくるようでした。私も学生のころにそのような経験をしました。1960年代から70年代にかけて全国で大学紛争(闘争)が起こり、教授の権威は失墜し、専門バカとかバカ専門と言われるほどになりました。私もまたその渦中にいました。ただし助手という身分でした。今は助教と呼ばれますが、助手は学生でもなく職員でもなく、といって講師以上の教授会メンバーでもないという宙ぶらりんの身分です。そのような身分の者がどのように大学闘争(紛争)に関わったか、別の機会にお話しする機会もあろうかと思いますが、学問でなく問学と言い出す端緒は、この大学闘争にあったのです。

何のために学問を志すのか。末は博士か大臣か。明治以来言われているこのモットーは、半分がたた本当のことです。地位はその高さに応じて自分のやりたいことを支えてえくれます。ではやりたいことは何か。世のため、人のためになることだ。変わることのない普遍の真理の探求だ。人の役に立つのか―うーん、わからない。わからないのになぜ志すのか―うーん、わからない。

だいぶ端折った問答ですが、応用科学や制度の改良などの具体的な目標のある学問とは異なり、形なきものについての学問は損得や功名心では目指す理由にならないのです。そして学問という場合は、何故やるのかという問いにははっきり答えられない形而上学や純粋科学が主として含意されているのです。

哲学や理論科学や数学はわからないことだらけです。当たり前のことで、だからこそ、その一端でも解き明かそうと取り組むんだ、わたしもその一人でした。いや、そういう高尚な学問でなく、通常科学の一つの問題にt組んだだけですが、何をやっているんですかと問われて、ウナギのホルモンですと答えると、いやー、かば焼きは精がつきますからね、頑張ってください、というような励ましが少なからず返ってきて、なんだか違うんだけどなあ、とぼやくのです。やはり未知の探究とその応用は別なのです。

何のために研究するか。立身出世のためとは思わないし、人々の生活を豊かにするためとも思っていないのです。じゃあ、何のためにか。私の場合、事の発端は、一人の医学生が明らかな冤罪で処罰され、それを大学の総意でもって、是認したことでした。それが大きな大学闘争(紛争)になりました。学生は何のための研究かと教授たちに詰め寄りました。教授たちは答えられませんでした。それはそうです。なんと答えても、えん罪の承認とは背反してしまうからです。中には、私も父親であり、家庭がある、稼がなければならない、と口走る教授も出てきました。火に油を注ぐようなものです。それは普通の人のこだ、なぜ教授の権威を笠に着て、一人の学生の運命を踏みにじるのかと、学生はさらに詰め寄ります。

私は、自分が追及されているかのようでした。学問の門の一歩手前、あるいは一歩踏み出したかのような身分の者にとって、学問は身過ぎ世過ぎだとはさすがに言えませんが、内心はどうか、といえば、助手になってホッしていることは事実なのです。

政治家の嘘と違って、真理の探求を、ともかく、目指す学者ににおいて、嘘をつく、えん罪に加担することは許されません。次回続けます。