最首悟 二者性と責任

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執筆者:最首悟さん
寄稿日:2022年9月7日
形式:テキストデータ


二者性は共に生きるということの言い換えである。共に生きるはいのちの根幹的表現の一つだろう。人間とはいのちの場に居る人を指す。今回は二者性と責任について、概略を記す。

最首塾のスタートは不知火グループだった。佐藤真がnidusを提唱し、それを稲垣聖子が維持した。二人ともこの世に居ない。不知火グループは水俣支援を志した色々な人の集まりだったが、そもそも支援とはなにかという問題を抱えていた。宇井純の〈公害に第三者なし、加害者か被害者だ〉が効いていた。いろいろな人とは言え、加害者だった。加害者が支援とはおこがましい。加害者は責任を取らねばならない。責任を取るとはどういうことかか。水俣病は多彩な症状を示す不治の疾患で、なかんずく胎児性水俣病は母親から有機水銀が移行した重度障害の疾患だった。してしまったこと、起きてしまったことに対する責任、そしてその責任を取るとはどういうことか。

不知火グループは責任問題を抱えた支援について、あるいは支援とはどうあるべきかをめぐって、そんなこと知らないよという、しらないグループと揶揄されたが、それもそうだと自認するグループであった。佐藤真の映画「阿賀に生きる」はそのようなグループの一員の行動であり表現だった。そして水俣病認定申請運動の若き代表者緒方正人は、わたしもチッソだとして、運動から離れ〈暮らし〉始めた。その暮らしの一つとして、メチル水銀含有残滓の埋め立て地に座す地蔵さんを掘り始めた。支援の始まりに位置する石牟礼道子は、表現の始まりに〈言葉を焚く、言葉が足りなくなったら、わが身を焚く〉とした。石牟礼道子に多大の感慨を与えた水俣病の女網元杉本栄子は船霊の知らせで漁を営み〈のさり〉と言い暮らした。

日本の公害列島化に太平洋戦争の敗北がある。敗戦でなく終戦であり、国民を始めとして戦争責任者まで被害者に溢れた。加害者は戦勝国が裁いた戦犯だけかのようだ。戦後40年の記念演説で、ドイツ大統領ヴァイツゼッカーは、〈戦後生まれた若者に罪はない、しかし責任はある〉とした。責任があれば責任を取るが問題になる。責任がなければ責任を取る必要はない。しかし西欧において、ユダヤ人ホロコーストの実行官僚のアイヒマンは自分に責任はない、全てを創造し、悪魔を創造した神に責任があると弁明した。日本列島にそのような神はいない。したがって責任を取る、あるいは取らされるとは、自分が属する集団(ムラ)の利益のためということがみんなにわかっている。

では、ほんとうに責任を取らないのか。然りであり否である。責任は取らないのでなく取れないのだ。取れないから担ってゆく。それは深層意識に位置して日常の言動を制御する。さらに、では、なぜ責任は取れないのか。それは世界観のためである。東洋的、仏教的世界観のためである。その根幹は〈縁〉である。すなわち関係である。世界の事象・現象は森羅万象絡み合って、無次元的ネットワークのごとく、あるいは無限ループのような関係にあって、その因果の〈因〉を突き詰められない。世界はいわば開放系であるといわざるを得ない。開放系は境界を設定できないために無との区別ができない。それゆえ究極の〈因〉は無に溶けこむ。

開放系に対して閉鎖系が考えられる。閉鎖系は〈因〉を特定する。それは唯一神である。現在、唯一神を奉ずる世界は代表的にユダヤ教、キリスト教、イスラム教の世界である。開放系と閉鎖系の関係はどうか。閉鎖系の中で生じた自然科学は閉鎖系の諸法則を導いた(ニュートン)上で、開放系の法則ならざる法則を明らかにした(ニールス・ボーア)。その今現在の驚きと、呆然とした受け止めの文章を見てみる。大澤真幸が読む「ニールス・ボーア「因果性と相補性」」(朝日新聞「古典百名山」2022.3,19)から

 粒であることと波であることとは矛盾する。…西田哲学流にいえば、絶対矛盾的自己同一。これを認めるのが量子論である。ボーアは波/粒の排他的な状態の二重性を「相補性」と呼んだ。
そんなに奇妙なら、波かつ粒のその物がどんな状態なのか見ればよいではないか。が、それがうまくいかない。観測したとたんに、波であったはずのものが粒になるからだ。波が粒へ凝縮されていく様が見えるわけではない。すでに粒になってしまっているのだ。
ということはどういうことか。光なり、電子なりが、自分がみられることを知っていた、かのようなのだ。無論そんなことはありえない。が、とにかくこうなると、観測とは独立した物の客観的な性質や存在について云々できない、ということになる。
このように量子論が提起したのは、答えでなく哲学的な問いである、そもそも存在とは何か、と。私たちは、人が観測するかとは無関係に物は実在すると考える。実際そのはず。しかし観測から独立に存在が定義できないとどうなるのか。量子論の謎は、神から人間への致死性の毒が入った贈り物ではないか、と思うことがある。

神からの贈り物、の神とは唯一神のことで、大澤は閉鎖系世界の因果関係の論理に従って、神は神の似姿である論理人を自縛的に滅ぼそうとしていると言っている。その通りである。ただし、滅ぶのは閉鎖系世界であって、人を含む万物は、閉鎖系世界がその中から誕生した開放系世界で存続する。ただし開放系世界では人は人間と呼ばれる。

責任はあるが責任は取れないとは、開放系での事態であって、自己、主体、個人が定立しないことを示す。開放系では世界は〈いのち〉を始原とする。〈いのち〉は自ずから然りの自然態(じねんたい)である。万物は〈いのち〉の分有(相即)であって、ちぎってもちぎっても餅であり、フラクタル様をなす。自然態は網状をなし、万物は網の目である。網の目は隣り合う網の目と関係する。隣り合う網の目の数は生成を含んで知られない。網の目は隣り合う網の目を越えて他の網の目と関係を持つ。関係はお互い同士の了承をもって成立する。電子は観測されることを知っているようだとはその通りである。開放系世界は関係づける・づけられるが一つのことである網状態であり、思考・表現は惘状態をなす。思想はさしづめ惘想とされる。

惘想は問学に連れて出てきた言葉である。1994年3月、東大を去るにあたって、パロディ退官最終(サイシュと読む)講義が開かれた。司会は稲垣聖子であった。その中で問学をこと上げした。言葉(論理)ではわからないことがある、自明の前提として問いを発しどのような思いが生じるかを見る・聴く。思いはわからないを前にして横にすべる。滑ると思うと跳んでいる。わからなさを深めようと一歩前に出るつもりが横すべりなのだ。親鸞の横超がある。悟りとは悟らず悟る悟りにて悟る悟りは夢の悟りぞ(詠み人知らず)。自力で悟ることを竪跳という。前に跳ぶ。横超は他力で跳ぶ。前にではない無方向に跳ぶのだ。知らずして本願成就する。いやすでに成就しているかも知れない。成就したかどうかわからないことがミソである。悪人正機。どんな悪をなしても救われるのか、愚禿と自ら呼ぶ親鸞は悩み苦しんでそのまま死んだ。

というとその筋からいたく怒られそうだが、五木寛之の『親鸞』全6巻を読むと、そう思われてくる。いかなる悪を犯そうとも、救われる、それは小悪を積み重ねる私が救われることを強く後押しする。どんな極悪人も救われる。お任せするとはそのことを含む。すべてをおまかせする。その証しはただ称名を唱えるだけでいい。でもどんな態度でもいいのか。よい、ほんとうにそうか。現に人を無残に殺しながら救われるかどうかを試している男が居る。そんな男を横目に見ながら称名を唱える。心波立たず一心不乱と言い切れない。易行としての称名はただ唱えればいいのである。何を思おうと何をしようといいのだ。さて…というところに親鸞の悩み苦しみがある。

〈おまかせして、そしてどうする〉問題に哲学先端のドゥルーズの微分的〈差異〉の行方がある。小泉義之『ドゥルーズの哲学 生命・自然・未来のために』(現代新書、2000)を見る(原文を省略したり書き換えたりデデキンドの切断を加えたり)。

 無限級数:0.999…=1、 留保抜きで断じて置く。この等式は無意味である。高校では問題なく成り立つかのように教えられて、私たちもそれを鵜呑みにする。記号「…」は限りがないことを表す、限りなく1との差異を小さくとれるから、等式は成り立つ。しかし、いかに小さくとも差異は消えない。また1に近づくという概念が曖昧である。密かに数直線を想像して等号「=」を矢印「→」に起き換えてわかったつもりになっているだけである。
極限:9を限りなく連ねても1が予め存在しないと、当て所なく書き連ねるだけだ。ただ限りない9の先に、決して到達できない何ものかが存在するとおぼろげに思う。その思いを極限と名付けて、数学的に仕上げる。限りなく続くもの全体の集合を考える。限りない進行が終わったかのように、限りないものたちを統合する集合である。この要請を呑み込めば、後は簡単である。二つの無限集合の間で1が一意的に定まるようにすればよい。
デデキンドの切断:実数の無限集合(メンバーを元という)を元が小さい下組と元が大きい上組に分ける。4つの場合がある。①下組の最大元と上組の最小元がある。②下組には最大元があるが、上組に最小元がない。③上組には最小元があるが、下組に最大元がない。④下組の最大元、上組の最小元ともにない。①は不可能、④は無理数で成り立つ。②③は有理数で成り立つ。
微分:極限によって定義される。したがって微分は差異と差異の関係を限りなく生産する場を表現することになる。微分方程式は解けない。変数に数値を与えた数値解を得ることはできる。
ドゥルーズの立場:極限、微分、連続体の存在の仕方は理念的で潜在的である。ドゥルーズは要請されたものであるにしてもリアルなものであると解釈したいのである。それは、自然と生命を肯定的に認識するためにきわめて重要なポイントになるからである。コンピュータで解く数値解の過程の全体が、自然界と生物界においては、自然物と生物に畳みこまれている。だからこそ、数理科学の計算過程の全体は、遊びであるにしても、リアルな遊びなのである。自然物と生物は、解けない微分方程式を、自ら条件を設定して、自ら解いている。だからこそ、数理科学においても、微分的なものはリアルであるし、そこから現実的なものを差異化して分化する過程もリアルなのである。端的に言えば、現に風が吹くから、現に人間が生きているから、リアルなのである。

なんだ、〈なりゆくままになりゆく〉じゃないか。小泉義之は、そういう非難は的を外していると道元などを持ち出してはくるが、畢竟〈なりゆくいきおい〉に尽きている。自然も生物も〈じねん〉として定義すれば済むことである。ヴァイツゼッカーは端的に「生命の原初関係は知られない」とした。『ゲシュタルトクライス』の冒頭では、

 生命あるものを研究するには、生命と関わりあわねばならぬ。生命あるものを生命なきものから導き出そうとする試みは可能かもしれぬ。しかしそのような企ては、これまで成功してこなかった。或いはまた、学問においては自分自身の生命を無視しようとする努力も可能かもしれぬ。しかしそのような努力の中には自己欺瞞が隠されている。生命は生命あるものとしてわれわれの目の前にある。生命はどこかから出てくるものではなくて元来そこにあるものである。新たに開始されるものではなくてもともと始まっているものである。生命に関するいかなる学問の始まりも、生命それ自体の始まりではない。むしろ学問は問うということの目覚めと共に、生命のまっただなかで始まったものなのである。…生命それ自身は決して死なない。死ぬのはただ、個々の生きものだけである。個体の死は、生命を区分し、更新する。死ぬということは転化を可能にするという意味をもっている。死は生の反対ではなくて、生殖および出生に対立するものである。出生と死とはあたかも生命の表裏両面といった関係にあるのであって、論理的に互に排除しあう反対命題ではない。生命とは出生と死である Leben ist:eburt und Tod。このような生命がわれわれの真のテーマになる。

生命の真っ只中で学問は問いに始まり、不変・普遍と絶対の観念に到達して、因果関係を厳密にたどる営みとなった。今から400年前のことである。ホワイトヘッドは『近代世界と科学』(1925)で、1600年のジョルダノ・ブルーノの火炙り刑をもって、思弁を排する科学の幕開けとした。因果関係の因を推論する帰納法と体系を論理的に構築する演繹の出発点を定める公理命題をもって、絶対の真理を目指す近代自然科学が始まった。そして20世紀に入り、アインシュタインの相対性原理の提唱は相対性量子力学を産み、1945年、ヒロシマ・ナガサキへの核爆弾投下で現実化した。核分裂はプルトニウムを産出し、その無害化には2万年を要する。早くに始まった地球温暖化の指摘の現実化と、プーチンによるウクライナ侵攻によって、絶対論理の閉鎖系世界は消滅の兆候を見せている。