教育とか福祉について考える(3)

教育とか福祉について考える(2)からのつづき

親の義務と子の権利

今の学校には、近代公教育のよき面であった、子どもを早く社会化させるな、という子ども観が失われています。また、知識教育についても、大きな錯覚に陥っていると思います。私たちに、中学校3年生までに教え込まれた知識が、どれだけ残っているでしょうか。実にお寒いかぎりです。そういう知識が、仮に中学校ですべて教え込まれたとしても、同じような結果になるでしょう。小学校一年から営々としてやってきたのと、同じような忘れ方をすると思います。そして、この知育こそ、星子には無縁です。

しかし、しつけにしても知育についても、そういう親の考えは、どんなに星子のことを理解しているとしても、親の手前勝手なのです。近代社会の子ども観というのは、そういう親の勝手さに歯止めをかけたはずです。歯止めをかけることによって、子どもの権利が鮮明になってきます。親のみならず社会も、子どもに対して義務を負うことによって、子どもの権利が保障されることになります。役所のメリットは、融通のきかない画一主義が、人々の権利の保障をめぐって発揮されることにあります。例外なしの機会均等の保障です。

それで私が、星子は今の学校と無関係であるという立場から、一歩進んで、星子を学校に行かせないというのであれば、私は星子の権利を、理由がどうであろうと侵害していることになり、社会はそれを見逃してはいけないのです。そのための罰則もきちんとあるのですから。ただし、理由いかんによっては、子どもの権利の代行者でもある親のほうから、就学免除願いや猶予願いを出すことがあります。

私は、今の学校は星子にふさわしくないから行かせたくないと言っているだけなのですから、そういう願いを書く必要を認めません。そのかわり、罰を受けなければ星子の人権は守れないことになります。そういう願いを出さなければ、星子は未措置児童となって、厳密に言えば行政監査の対象になり得る。つまり、行政の怠慢になるのですから、何らかの結着がつけられなければいけないのです。罰と言っても何千円かの罰金です。子どもを学校にやらない罰が何千円ですむのかどうか。結局は、子どもを学校に行かせない親は今はほとんどいないということが、この罰金の額に反映されているのだと思います。私は、その罰も受けずに二年経たわけです。免除願いも猶予願いも出していないので、その間、星子は未措置児童でした。裏でどのような処理がなされたのか知りません。そういう裏処理をしてはならないと思うので、やっぱり腹立しいですね。

障害児学級へ入れるということ

星子は養護学校対象児ですらないのです。教育委員会は、初年度就学期に、何の提案もしませんでした。親がどう反応するかは別として、行政側は、何らかの措置提案をする義務があります。私たち夫婦は、何のお願いもしておりません。ただ、「就学猶予願いは書きません」と言っただけです。

私は「障害児を普通学校へ全国連絡会」の世話人もしています。そして、「ウサギとカメ」というグループに加わっていますので、時々、若いお父さんお母さんから相談を受けるのですが、子どもが学校へ行くについては、お願いするという筋合いのものではないことを、まずはっきりさせます。あたり前の話ですが、子どもの権利として設定されていることに、親がお願いしたり、行政側がダメとか言って、それを子どもから奪うことはできないのです。それで、教育委員会から出頭されたしという通知がきたら、夫婦そろって行って、黙ってニコニコしていなさいと言います。まかり間違っても、ハンコなど押してはいけません。それだけを注意して、あとはニコニコしていればいいと言います。

戦前のお上意識をまだ引きずっている役所というところは、お願いされないと困ってしまうのです。そのくせ、お願いすると居丈高になる傾向があります。まだまだ、私たち住民側の姿勢に問題があるのです。

星子について、教育委員会は、2年目は、訪問学級はどうかと打診してきました。向学心があって体のきかない子どもなら訪問学級を否定しないが、星子の場合、子どもの仲間に入りたいのであって、大人との一対一の勉強はのぞんでいないと断りました。そして、そのまま過ぎました。

3年目に入って、情緒障害児クラスと肢体不自由児クラスの2クラスを設け、先生2人と介助員2人の態勢になったので通わしてはどうか、という誘いがかかりました。それで星子の状態を考えて、10時半から給食の前までなら、という条件で行くことにしました。この条件は親のほうから出したのです。親としては、うまくいって給食までいられるといいと思うけれど、哺乳ビンを卒業した段階で、給食まで延長するようにしたいと言いました。

こういう親の姿勢は、「障害児を普通学校へ全国連絡会」の他の世話人から批判されました。当然ながら、もう少し尖鋭な統合教育連動にとりくんでいる人たちからも批判されます。第一に障害児学級を認めて差別・隔離に加担している。第二に子どもの可能性を信頼していない、ということです。

いろいろな学校があっていい

まず、いろんな学校や教育施設があるからと言って、そのことが差別を生み出しているわけではありません。いろんな学校があるから差別がなくならない、だからいろんな学校をつぶそう、という発想は誰もしていないと思います。選別・隔離・差別という明自な意図にもとづいて、そういういろんな学校がつくられていることが問題なのです。もちろん、「子どもの発達のために」という目的はかかげていますが、それはあくまでも「社会あっての人」という社会観に導かれているのです。社会に適応する能力を開発したほうが、その人のしあわせになるという考え方です。

これは、自然を不動のものとみて、そのながで生物が生れ、自然に適応していくことによって生き延びてきた、そして、進化した生物ほど自然への適応力は高く、その最高の位置に人間がいる、という考えを反映しています。生物が自然に働きかけて(それを反作用と言いますが)自然を変えてきたのだという側面は、非常に小さくみられています。この自然−生物観を、社会−人間観に置きかえてみると、なぜ私たちの努力が、もっぱら社会への適応に向けられるかがわかります。明治維新の王制復古と、ダーウィンの進化論を改変した社会ダーウィニズムが、見事に結びつくことも理解できるのです。

これとは逆に、「人がいて社会をつくっている」のだという社会観、すなわち人間的自然主義に立って、いろんな学校が必要なのだという主張はあり得ます。人それぞれが主体で、主体の意志・意欲の尊重がまず第一なのですから、教育カリキュラム、教育方法、教育施設はさまざまにならざるを得ない、と言ってもいいと思います。ですから、今の養護学校撤廃、盲ろう学校撤廃の運動は、それらの学校が隔離・差別の見地から設けられ、差別を支えているとみるからなのであって、いろいろな教育がいろいろな個人によって選択されることまでも、否定しているわけではないのです。

統合教育の考え方

統合教育についても同じことが言えます。これは、まず、隔離に反対しているのです。子どもは、ごちゃごちゃ一緒にいて、いろんな子どもがいることを、お互い肌で知り合うことがよいのだし、子どもたちは基本的にそれを望んでいるという見方です。ですから、機械的画一教育の主張ではなく、孤独を好む子どもがいたとして、そういう子どもを子どもらしくないなどと決めつけたりしないのです。「社会あっての人」でも人の自発性は期待されるし、「人あっての社会」でも人の社会性は要求されます。けれども、どっちに傾いているかで、人と人、子どもと子ども、子どもと大人の関係はまるっきり違ってきます。

統合教育は、何よりもまず、この視点の移行を物語っています。そして理想を言えば、ある単位集団には、一年生から六年生までというような幅の広い異年齢の子どもたちがいて、かつ、障害のある子もない子もいるのが望ましいのです。教科や活動の種類によって、この単位集団は、さまざまに分かれ、他の単位集団のメンバーと交わりますが、基本的にはホーム集団を形成します。地域子ども集団に対比されるような、そういう母港集団を形成していることが肝要です。

そのもとで、浮動・流動クラスはさまざまに考えられます。点字クラスもあるだろうし、肢体不自由児の運動機能訓練の場もあるだろう。知育でも、さまざまに分かれたクラスがあっていいのです。そういう教育機関が、ある共通の敷地におさまっていて、その敷地には、理想を言えば、畑や丘陵や川が含まれているのです。

現行の障害児学級は、差別的見地から設けられているものの、少なくとも普通学級と同一敷地内にあり、建前にしても母学級がある場合があるという点で、今の管理的知育の場である普通学級からはみ出してしまう子どもたちを、緊急避難的にすくいとる場にはなっていると思います。

星子は入学のとき、一年一組の生徒として写真をとりました。星子は、毎日50分ずつ、2時限にわたって、校舎の廊下や校庭を歩いています。介助の方がついています。休み時間は廊下に出ることを好んで、そこでしゃがんだり腹ばいになったりしています。その周りを子どもたちがワイワイ言いながらとり囲み、星子が好きだと言う子どもも現われたりします。雨の日の昼休みなどは、いろんな子どもが障害児学級に遊びにきています。

私たち夫婦の限界

これは、もう、私たち夫婦の限界なのかもしれませんが、星子を今の普通クラスに入れるようには考えがいかないのです。もし普通クラスに入って介助の人がつかなかったら、まあ、そういうことはないにしても、星子はどうすることもできません。体が動かなくても、教卓の横にイモ虫みたいにころがっていればいいじゃないか、と主張する人もいます。脳性マヒの場合で、埋解力があり、感覚的把握にも意欲を示す子どもというような想定のもとで、そういう主張がなされるのだと思います。いずれにしても、今のクラスに入るには、おのずからある枠、ある条件が必要で、その枠や条件をどれくらい広くとるか狭くとるかの論議はあるにしても、そういう枠や条件から決定的にはずれている子どももいるのです。

星子がじっとしているのは、あるジャンルの音楽を聞いているときだけです。気にいらない音楽だと、スピーカーから離れてしまいます。あるジャンルと言ってもむずかしいのですが、例えばモーツアルトのテンポの早い楽章でしたら、確実に聞きほれています。そういう日常からは、星子が普通学級にいる光景は想像できない、頭がまわらないということになります。

障害児教育のあり方について

そういう者が「障害児を普通学校へ全国連絡会」の世話人をしているということに関して、私は矛盾を感じていません。一般的に言って、当然普通学級にいてしかるべき子どもが、養護学校や障害児学級に措置されている例が多すぎるのです。そういう場合、親が子どもを普通学級へ入れたいと願えば、それを実現すべく支援するのは当然だと思います。ただ、自分の子どもは障害児学級に入れておいて、大きな口をたたきなさんなとか、首尾一貫していないとか言われると、悲しい気持にはなります。全国連絡会の会員に、養護学校に行っている子どもの親がいないことや、中学校から養護学校へ行くことになったからやめますという会員がいるのは、養護学校に行かせることがまるで悪いことのような雰囲気が、運動のどこかにただよっているからです。

措置されない二年間、星子はどうしていたかと言いますと、隣りの市でボランティア的に開いている先生の、母と子の絵画教室ヘ、週一回行っていました。ここでは、親子が勝手に、自由に大きな紙に色をぬったり、なすりつけたりして遊びました。そのうちに、六本木の愛育養護学校の家庭指導グループへ月に一回か二回行くようになりました。家庭指導グループは週二回開かれていて、子どもをあずかり、あとはいろいろ親の相談にのるようなシステムになっていました。行ってみて直感的に、ここでは先生たちは子どもの前に立っていないと思いました。大人は子どもの後に立っていて、子どもが伸びようとすると、そっとその方向へ押してやっているという、よき「子やらい」の実践という気がしました。最初びっくりするのは、一日中でも裸で水遊びや泥遊びをしている子どもがいることです。そして、マンツーマンの介添えが一緒になって、濡れたり、泥だらけになっていたことです。

子どもを信じる心があって、そして、子どもはまず楽しまなければいけないという人生観があって、その上で、と言うか、それゆえに、教育という営為は、子どもを抑庄する手段になったり子どもを襲う凶器になり得るという大人側の自戒、自制が、絶えず働くのだと思うのです。この考え方は、今の養護学校の方針、障害児教育のあり方とは、大きくへだたっています。さらに、そういう場所で国定教育と闘っている先生たちとも、大きな溝があるでしょう。

回数は少なかったのですが、そういう場へ行って、私も片隅に座らせてもらったりしていると、子どもの前に立って子どもを引っぱりあげていく教育は、引っぱっている間はまだいいが、子どもがいざ伸びようとしたら、そのときは子どもをおさえ込むことは確実だろう。そのことが一番の問題なのだ、というようなことがわかってくるのです。

そのための社会条件

子どもは千差万別です。障害をもつ子どもも千差万別ですが、障害をもつ子どものほうが、普通の子どもよりも、ある意味ではきちんとした子どもらしい存在です。この子どもたちを大人がどのように遇するかが、その社会の成熟度を表わす試金石だと思います。ですから、教育の現場から、この子どもらしい子どもを排除してしまうのはあり得ないことで、もしそういうことが行われるとしたら、文明的にいかに進んだ社会であろうと、非常に偏った社会だと言えると思います。そして、子どもらしい子どもを、そっと後から介添えしている状態があるかないかが、その社会のやすらぎ度を表わしていると言えます。

思慮深い大人たちの繊細な配慮を受けながら、自分で歩んでいけば、子どもは必ず自前で大人になるという考えがゆきわたっている社会では、いらだちや不安は少ないのです。それゆえに、知恵遅れの子どもにはこういう教育がある、肢体不自由児にはこういう教育があるなどと積極的に言うことは、やはり、人事ですべてを尽くそうとするはかなさというか、子どもにはいろいろ手を尽さないとどうなってしまうかわからない、という心配を表現していると思うのです。

子どもは悲鳴をあげている

子どもの教育は、今まで述べてきたように、日本にかぎらず、どこでも、多かれ少なかれ「子やらい」的な配慮と、「まねさせ」的自然放任主義にもとづいていたと思います。それは、大きな、自然と分かちがたい権威、あるいは、自然をつくり出した権威のもとで人間が暮している、という意識と大いに関わりがありました。前近代でも、このようにして子どもの自立、自己教育は存在したのです。しかし近代は、その傾向を意識的に格段に強化しました。個人個人が集まって社会をつくるという意味において、社会の基盤は個人の主体性におかれ、個人の主体性の確立が子どもの教育の主目標にすえられたのです。

それは、フランス革命でみられたように、特別な人間を僭称する者たちによる政治的宗教的権力の腐敗と、それら権力そのものに対抗する人間の努力の結果でもありました。少数の人間が呼号するそれらの権力を否定することは、中途半端にはできません。徹底してやらなければ、権威と金力と暴力を兼ねそなえた専制的権力は打倒できません。何よりも、人々のなかに残る旧体制的意識を払拭するのは、容易なことではありません。場合によっては、振り子が振り切れるのも、やむを得ないことでしよう。

しかし、専制的権力という不自然さが打破されたように、あらゆる権威の否定に立つ人間中心主義、という不自然さもまた、打破されるでしょう。しかし、同じ打破と言っても、人間中心主義を打破するほうが、よほどむずかしいのです。専制的権力の打破は、現在の諸外国の例でみても、それは大変です。でも、非は専制的権力のほうにあるのだと、世界の大勢はみています。そのもとで人々があじわっている悲惨な苦しみは、誤解をおそれずに言えば、わかりやすいのです。理解できます。しかし、人間中心主義のもたらす苦しみは、なかなかわかりにくいのです。

人間は、自分が主人公になり得るほどには、理性的ではありません。それゆえ、精神的世界の権威をすべて否定してしまったとしたら、人間は物に仕える他なくなります。そして、大人は、物に仕えている自分を現実主義と呼ぶほどには、理性を働かせるのです。

見えない敵を相手に、意識できないものを相手に闘うことはできません。ただ幸いなことに、私たちの社会は、大人ばかりでできているのではありません。社会に適応できる人ばかりでできているのでもありません。私たちは、子どもを通して、子どもが悲鳴をあげているということを通して、適応できない人たちの苦しみや嘆きを通して、物の支配の恐しさを知ることができるのです。なぜなら、私たちは、大人より子どものほうが自然に近い存在だということ、今の社会に適応している人より、適応できない人のほうがナイーブてあることを認めるからです。そして、自分自身も肩のカをぬけば、何もしないで陽だまりや風が吹く野原に寝ころがっていたいという願いが浮かび上ってくるだろうことが、わかっているからです。

より自然に近い子どもたち

「より自然に近い存在」が悲鳴をあげているという状況認識こそが、私たちの出発点だろうと思います。そこから、私たち人間中心主義の不自然さを剔出し、大いなる権威への回帰を果たす契機をつかまなければいけません。

私は、この大いなる権威について、直接的に語ることはできないのです。つまり、字宙の存在そのものを、私たちは決して説明できないという点において、私は新不可知論的立場にあります。しかも、宇宙は誕生したという推論を認めようとするかぎり、大いなる権威も宇宙とともに誕生した、という歴史性を導入することになるわけで、大いなる権威について直接的にものが言える人々が、大いなる権威の永遠性を信じている立場とは異なってしまうのです。

ただ、大いなる権威を、自然の働きそのものと言ってしまえばよいではないかと言われると、また、ためらわれるところもあるのです。しかし、大いなる権威の「誕生」というようなことを思っていては、特定の宗教体系に属することはできません。しかし、宗教体系や、宗教教義がいくつもあるということは、いかにも人間くさいことではあると思っています。

私は大いなる権威を直接的に語ることができません。しかし、星子と接していると、星子を通して、そのことを考えたり感じたりしないわけにはいかないのです。そして星子は、子どもらしさと社会不適応者の結節点に位置していて、私よりは、はるかに自然に近い存在なのだと思うのです。星子を大事にしても、星子は自然に近い存在として、そのような気づかいを歯牙にもかけないところがあり、結局私たち周りの者は、星子をベタベタ可愛がることなどできなくなります。しかし、それでも星子を大切にするのは、とりもなおさず、私たちが何に対して闘わなければならないかを、明らかにするためであると思うのです。

人間的自然主義に立つことによって

星子のような存在を、自然に近いと見ることによって、そして、自然さを尊ぶということによって、すなわち人間的自然主義に立つことによって、働くということ、そのなかには勉強するということも含まれていると思いますが、その意味や、報われ方に対する考えが、おのずと変わってくるはずです。価値観の変化がおこると思います。

例えば、水俣の胎児性患者の何人かが浮浪雲工房という紙すき、和紙づくりの場所をもったことを考えてみます。胎児性患者は、脳性マヒの人たちと同じように、手足を自由に使うことができません。特に力仕事は大変です。ところが、コウゾをたたいてたたいて繊維をとり出す仕事は、力のいる重労働です。ですから、全工程を自分たちだけでやるというようにはなかなかいきませんが、そうしたいという気概はもつということで、紙をつくっています。

普通の人なら、例えば1時間に10枚できるところを、彼女たちは10時間に1枚しかできないかもしれません。体がきかなくなるとか、頭痛が激しいなど、仕事が続けられなくなる要因はいっぱいあります。彼女たちは、おそらくは普通の人にも増して、丈夫に育つはずだったかもしれません。今、体がきかないのは、それが人為的な企業犯罪によるとすれば、どのように歯がみしてもそのくやしさは晴れないでしょう。しかしそのことと、今、体がきかないこととは、どこかで区別しなければいけません。治りようがないのであれば、今、体がきかないのは、それはそれで自然であるという見方が必要なのです。そして、その自然さを尊ぶとすれば、彼女たちが働いて得た報酬はどのようになるのでしょうか。

もし、枚/時間で測るとすれば、普通の人が、例えば10枚/時間であるところを、彼女たちは0.1枚/時間ということになります。そして一日、同じ時間働くとすれぱ、彼女たちは100分の1の報酬しかもらえません。つくり出された物の量で測るかぎり、彼女たちの自然さは評価されず、単に低労働力、欠陥労働力としかみなされないのです。彼女たちが劣っているとみなされるのは、単位時間につくり出す物の量によって、人間の価値を測るからなのです。つまり、一枚の紙はどのようなつくられ方をしようが、同じ質の和紙なら価値は同じだという考え方です。

彼女たちの自然さを尊ぶとは、こういうことです。普通の人は一枚つくるのに0.1時間しかかからない。ところが彼女たちは10時間かかる、だから彼女たちのつくる紙は、普通の人の紙に比べて100倍の価値があると認めることです。紙の価値を、時間/枚で測るのです。それならサボってのろのろつくればいい、そのほうが自分のつくる紙の価値は高くなる、と考えるようでは、「自然さ」という考えは吹っとんでしまいます。「自然さ」ということのなかには、人々はある大きな権威にかけてウソをつかない、または、ある大きな権威のもとにあってウソをつく気がおこらない、ウソをつく必要がない、ということが含まれているのです。

買うほうからの問題としてこれを考えてみます。私が1日1000円つかえるとして、パン1コが100円だとすると、仮に1日10万円つかえる人は1コが1万円についてもいいだろう。それなら、金持ちのほうにパンを売ったほうが得だ、と考えるなら、「自然さ」はなりたちません。私も金持ちも、同じような年齢と身体であれば、同じ量のパンは必要だからです。

大いなる権威の復権をめざして

ここで、マルクスの有名な言葉「能力に応じて出し、必要に応じてとる」を想起していいかもしれません。「能力に応じて」とは、意欲とか主体性に大いに関わっているということはすでに申しました。「必要に応じて」というのはわかりやすいと思います。主体判断に関わっていることが明白だからてす。

そして、全体に「自然さ」ということがゆきわたっていなければ、このモットーはなりたたないのです。主体性には「自然さ」という大きなタガがはまっているのだ、そして、「自然さ」とは、ある大きな権威にかけてウソをつかないことだ、むさぼらないことだ、という認識がなければ、このモットーはなりたたないのです。

このマルクスの言葉は、「・・・であればいいなあ」という、ユートピア志向ではありません。根なし草的な主体性の謳歌、すなわちエゴイズムに取斂し、物質(お金)を主人公としないわけにはいかない人間中心主義に対して、「自然さ」への回帰をきびしくせまっている、すなわち人間的自然主義を要請している言葉なのです。

「自然さ」に近い子どもたちに、自己教育の復権がいかに重要であるか、そして、それは、子どもヘの信頼、自然への信頼、その奥にひそむより大きなものに身を任せることなしには行われないのだ、ということを述べました。福祉という面でも、このことはあてはまると思います。

お話ししているうちに、次第に人間的自然主義という考えが押し出されてくるようになりました。この立場について、私はこれからも考えを進めていくつもりです。理性主義でも物質主義でもなく、精神主義でもない道を、仮に”人間的自然主義”という言葉に依拠して、切り開いていきたいと思います。

くだくだしいお話になってしまいましたが、意のあるところをお汲みとり下さるよう、お願いいたします。


明日もまた今日のごとく・
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